葉隠と忍恋
ブログ主が葉隠に接してから、もう三十数年になる。たまたま立ち寄った本屋で季刊本を入手したところ、その中に葉隠があり、興味深く読んだものである。
その葉隠は、次の物騒なフレーズでつとに有名である。
武士道と云うは死ぬ事と見つけたり
葉隠は、佐賀藩(鍋島藩)の藩士であった山本常朝(じょうちょう)が主君の死を期に出家し隠棲していた庵に、田代陣基(つらもと)が慕い尋ねて来、常朝が武士としての心得を口述し陣基が筆録してまとめたものであり、18世紀初めに世に出た。
当初は危険思想と見なされ、禁書扱いにされたが、徐々に藩士に対する教育の柱として重要視されたようである。
ところで、実際の記述の多くは物騒なフレーズとは違い、現在のビジネスマナーに関するマニュアル的なものである。
嫌な上司からの酒の誘いを丁寧に断る方法、人前であくびをしないようにする方法、顔色がすぐれないときは頬に紅をさすこと等々が書かれていると知れば、葉隠に対するイメージも変わるのではないだろうか。
物騒なフレーズの真意は、「安易に死ねというのではなく、死ぬ覚悟で事態に臨むようにせよ」ということである。生きることに執着すれば、武士として避けねばならぬ、卑怯につながる。
さて、葉隠には忍恋のフレーズも見える。次は「恋の至極」からの抜粋である。
恋の至極は忍恋と見立て候。逢ひてからは恋のたけが低し、一生忍んで思ひ死する事こそ恋の本意なれ。歌に
「恋死なん後の煙にそれと知れついにもらさぬ中の思ひは」
これこそたけ高き恋なれ
「むやみに逢わず、一生思い詰めるこそ恋の極みである。歌によれば『死してようやく煙から恋していたことが知れる』ことこそ気高い恋である」というような意であろうか。
ところで、常朝が述べている恋であるが、これは男女間のことではない。男と男のことある。ブログ主は、最近まで当然男女間のことであり、さては道ならぬ恋のことかと思っていた。
平安時代の寺社や公家に流行った男色が、次第に武家の間にも伝わり、衆道(若衆道)と呼ばれるようになった。武士のたしなみの一つとされたようである。
秋田音頭に唄われている秋田蕗は、葉が大きく葉隠もできそうである。
今年は6月9日に、秋田おばこ姿の観光レディーによる刈り取り風景の撮影会がある。
そのイベントに先立ち、無人のその場所で写真を撮ってきた。半月後に刈られるとは露知らずか、みずみずしかった。
昨夏釧路湿原を散策した折、秋田蕗と同じぐらい大きな蕗が多数自生していた。
秋田の殿様が、江戸城内で秋田蕗を自慢した頃、もし釧路藩があったならば笑われたかもしれない。

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